2012年12月24日

TV「ノーリミット 終わらない挑戦」

2012.12.23(日)、NHK-TVにて、「無酸素単独」登山を標榜してヒマラヤ等を登っている栗城史多氏による今秋のエベレスト登山の「失敗・遭難」の番組「ノーリミット 終わらない挑戦」をやっていたので観ました。

氏はここ3年間、ずっとエベレスト登山を試みていたのですが、いずれも登頂を失敗している上、下山のスピードが速いことから、番組最初の方で、”「下山家」と揶揄されている”と紹介していました。また、栗城氏は「単独・無酸素」を標榜していますが、本番組では、「ソロ」あるいは「単独」で登るとは言わずに、その代わりに「1人で登る」と言っていました(でも、「1人で登る」と言われたら、普通はに「1人でベースキャンプに行き、そこから1人で登る」と言うイメージだと思うのですが、実際は、数名の日本人スタッフ、そして、多数のシェルパを加えてのベースキャップだそうです。多数のシェルパを連れていると言うことは、まさか、ベースキャンプまでの荷物持ち、ベースキャンプでの食事だけと言うことではないと思います)。加えて、「無酸素」とも言っていませんでしたので、この辺り、栗城氏の発言に対する世間の批判に対応しているためだと思います。

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ベースキャンプからキャンプ1まで登る場面では、クレバス(本人は「クレバス」ではなく「クレパス」と言っていましたが)を渡るところでは、そこにかかった梯子を歩いて進んでいました。また、最終アタックに失敗し、下山を始めたところ足が動かなくなり、停滞して、ベースキャンプに無線で泣き言を言っている場面では、「手が完全に動かなくてロープも握れない」と言っていました。これらから考えると、少なくとも、ベースキャンプからこの稜線の辺りまで、シェルパ達によるルート工作が行われ、ロープや梯子等が設置されていたと考えるのが普通だと思います。

また、栗城氏が撮った映像だけではなく、かなり高い位置から栗城氏を見下ろすような感じで撮った映像もありましたが、少なくとも、キャンプ1かキャンプ2には撮影隊がいたのだと思います(TVでは出されませんでしたが、キャンプ2にはテントが2張ある映像が公開されていました)。

遭難後にシェルパ達が迅速に助けに行き(ベースキャンプから助けに行ったのか、あるいは、もっと高いキャンプにシェルパ達がいたのかの話は無し。また、この遭難が起こるまではシェルパの話は全く無く、栗城氏と日本人スタッフだけのベースキャンプのような雰囲気でしたが、ここで、突然、シェルパの話が出てきました)、そして、シェルパの助けによりキャンプ2まで下りて、そこからヘリコプターでカトマンズの病院まで運ばれたのですが、シェルパ達が助ける場面は全く無しで、ものすごく不自然でした。少なくとも1カット位は、助ける場面を入れるべきだと思います。それにしても、これ以上、下れないと泣き言を無線で言っている場面では、そんな泣き言を言う前に、さっさと下れよと言いたくなりました。また、ベースキャンプにいる人に励まされてと言うか、自分でキャンプ3.5まで行かないとダメだと言われていましたが、何で、登山の素人に励まされなければいけないのと笑ってしまいました。加えて、救助に行ったの、全員、シェルパみたかったのですが、日本人スタッフが数名いたと言うのに、登山できる人が全くいないのですね。これでは、シェルパにおんぶにだっこと言われても仕方がないと思いました。

新たな事実としては、キャンプ2にいる時から人差し指の第一関節から先が凍傷にかかっていたことが判明しました。これを放置、あるいは、暖めて多少はよくなったところで、更に高い場所に行き、そして、最後は天気が悪くなるのを知って、かつ、普通は8,000m地点のキャンプ4から頂上まで登って、キャンプ4まで登ると言うのに、7,500m地点のキャンプから頂上を目指すと言う無茶なことを行い、結局、途中までしか登れずに引き返し、両手の指9本がダメになるような凍傷を負ったのですね。なお、登山はストック2本だけで、ピッケルはありませんでした。加えて、栗城氏がよくやっているインターネット上のツゥイッターは登った場所で、栗城氏が直接、インターネットに書き込むのではなく、無線でベースキャンプに書き込む言葉をしゃべり、それをベースキャンプの人が書き込んでいました。

結局、到達最高地点の標高に関しては不明なままで、雑誌「山と渓谷」2012.12号に書かれている通り、7,700m辺りと言うのが正しいのかもしれません。今回は放送されませんでしたが、栗城氏は東京医科歯科大学病院?の個室で治療後、今度はインドで治療、そして、戻って、現在は国内で治療だそうで、まだ、ミイラ化してしまった指の切断手術はしていないようです。

matsumo(http://matsumo.my.coocan.jp
ラベル:栗城史多
posted by matsumo at 10:08| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | ビデオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は、最近時間がなくて、だから私が
とうてい行けそうもない所の番組は見ないので、
まったくこの人の事知りませんが、
(知ってるのは、今までmatsumoさんが書いたことだけ)

マスコミを利用して上ったのなら、後始末が大変ですね。

でも、すごいですね。
すごいお金持ちなのか、それとも話術が得意で、
周りから金を出させるのか。
Posted by 四季歩 at 2012年12月24日 19:55
四季歩さん、こんにちは

栗城氏はマスコミを利用と言うより、エベレスト頂上からインターネット中継を行うと言うことで、色々な会社から年間1.6億円程集めて、ヒマラヤの山に行き途中まで登って帰ってくると言うことをここ3年間の春、秋に繰り返している人です。このお金を集める能力に関しては、羨ましく思わない人はいないと思います。お金が豊富ですので、シェルパは10名位、日本人スタッフも数名連れての大名登山だそうで、カトマンズからベースキャンプまでの道では、荷物はほとんど無し、ベースキャンプではDVD三昧とのことです。
Posted by matsumo at 2012年12月24日 20:35
>下山家
主に2ちゃんねるでしか見ない気が(汗

しかも失敗するからってより、無線でBCに泣き言って下山を決めたとたんにテンションあがったり。シェルパの補助て下山スピードだけやたら速いからとそんな理由だったはず(苦笑


>クレパス
これ、ずっと間違ってますよね。指摘されまくったんで意地になって使ってるのかとおもってたけど…


栗城君もヤマテンの猪熊さんから予報買ってて付き合いあるしはずだから、猪熊さんから西稜の情報仕入れてたとおもう。

ネット報告する山行が大げさに脚色されてる(と思われる)せいか、登れそうに見えないんですよね…
Posted by ノラマン at 2012年12月27日 11:50
ノラマンさん、こんにちは

なるほど、登頂に失敗しての下山の方が速いので、下山家ですか。狩場山でさえ登れなかったのですから、登れそうに見えないですよね。
Posted by matsumo at 2012年12月27日 15:55
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